『からかい上手の高木さん』ED「小さな恋のうた」

名曲!

 

からかい上手の高木さん』の舞台,香川県の小豆島らしいですね。

 

このed で高木さんが自転車乗ってるシーンのバックの街路樹はオリーブっぽいです。

 

オリーブは小豆島の名産物ですが,現地にオリーブの並木道なんてあるのだろうか?

 

 

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「新人はAKBコスで踊る」を拒否すべきか 発達障害だから気づいた"職場の掟"

職場というのは、言うなればひとつの部族です。このことをまずしっかりと理解してください。そこは外部と隔絶された独自のカルチャーが育まれる場所です。そして、そこで働く人の多くはそのカルチャーにもはや疑いを持っていません。あるいは、疑いを持つこと自体がタブーとされていることすらあります。それはもう正しいとか間違っているみたいな概念を超えて、ひとつの「トライブ(部族)」のあり方そのものなんです。言うまでもありませんが、それは排他的な力を持ちます。部族の掟(おきて)に従わない者は仲間ではない、そのような力が働きます。

「飲み会」というコミュニケーションの儀礼は習慣として完全に社会に根付いています。ここから逃げ出すこともまた、難しい。そして、飲み会ほど人間が無意味に転ぶ機会もそう多くありません。

アルコールを摂取するということは多かれ少なかれ抑制を失うということですので、その状態でコミュニケーションをとるというのは人生の飲酒運転です。危険がたくさんあります。ヒヤリハットで済めばいいですが、正面衝突も多発します。

そして飲み会というのはまさに部族の祭礼ですので、部族ごとにルールが全く違います。つまり、ルールを飲み込むまで迂闊に動くな、無難に徹しろということです。

新卒ではほぼ確実に、中途採用でも結構な確率で「歓迎会」をやってもらうと思いますが、あれは本当に危険な集まりです。要するに、新入りに酒を飲ませて本性を見定め、全員で値踏みする会ですからね。あんな邪悪な会はそうそうない。

 

 

 

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自動運転AIのためのデータベース作成

 

自動運転AIを完璧にするためには,あらゆる運転状況のデータベース作成が必要と聞く。

 

 全くの素人考えですが,

 

無線でつながったドライブレコーダーを無料で配ってデータを収集すればいいんじゃないか?

 

なぜ,だれもやらないんだ?

 

個人情報の問題?

 

 

大学教育は生き延びられるのか?

 

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一部抜粋

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私が在職中にとった統計でわかったことは「シラバス通りに授業をしているかどうか」ということと学生の授業満足度の間には統計的に有意な連関がないということでした。それ以外のすべての質問は学生の授業満足度と相関がありました。「時間通りに授業を始めるか?」とか「板書が見やすいか?」とか「十分な準備をして授業に臨んでいるか?」といった問いは満足度と相関していました。でも、全部の質問の中でただ一つだけ何の相関もない質問がありました。

それが「シラバス通りに授業をしているか?」です。学生たちはシラバス通りに授業が行われることに特段の重要性を認めていない。それはアンケートの統計的処理の結果でも、僕の教壇での実感でもそうです。

だから、「シラバスを細かく書け」という文科省からの命令を僕は無視しました。だって意味がないんだから。いやしくもこちらは学者です。論理的にものを考えるのが商売です。シラバスを事細かに書くと授業効果が上がるということについて実証的根拠があるなら、それを示してくれればいいだけの話です。それを示さずに、もっと細かく書けとか英語で書けとか同僚の教員同士でチェックし合えとか、どんどん作業を増やしてきたのです。

僕が教務部長のときにうちの大学のシラバスに「精粗がある」という理由で助成金の減額が告げられました。これは教育行政として自殺行為だと僕は思いました。

シラバスを書かせたかったら「それには教育効果がある」という理由を示せばいい。何の教育効果があるのか命令している文科省が知らない作業を現場に頭ごなしに命令して、違反者に処罰を課す。それも「助成金の減額」という「金目の話」に落とし込んできた。僕はこれを「教育行政の自殺」だと言ったのです。仮にも大学教育ですよ。

文科省は「大学の教員というのは『金を削る』と脅したら意味がない仕事でも平気でやる生き物だ」という人間観を公然と明らかにしているわけです。財務省あたりが言うならわかりもするが、教育行政を担当する省庁が「人間は金で動く」という人間観を本人も信じ、人にも信じさせようとしていることを少しは恥ずかしいと思わないのか。まことに情けない気持ちがしました。

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文科省にたてつくと,運営交付金(私学は助成金)を減らされるというのは,本当の話。

 

なんだかんだ,いろいろ文句を付けてきて,はっきりとは交付金を減らすとはいわないが,こちらは忖度するしかない。

 

別件だが,不祥事があると交付金は減らされる。(懲罰?)

 

内田先生は,アドリブ上等の高級漫談みたいな授業だったんだろうな。それはそれで面白いと思うけど。

 

シラバスをほとんどの学生は見てないのは確かである。特に理系はカリキュラムがほぼ決まっており,選択科目の自由は正直あまりない。

ただ,どんな授業をするかの,簡単な内容ぐらいはあったほうがいいかなとは思う。

 

シラバスの書き方はかなり細かく注文があり,こんな項目いるのか?とは思っている。(この辺のおかしさはまた紹介したい)

 

内田先生が助成金を減らされた神戸学院大(でしたか?)のシラバスってどんなもんだったんだろうか?

 

 

 

超リアルなCG女子高生 AIは彼女に魂を宿すか?

 

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私はゲームは全然しないのですが, この技術の将来の着地点(ゲーム以外で)はいったいどんなものなのか?

 

最近,「AIの彼女とアニメを一緒に見て,感想を語り合いたい」ってのを某匿名日記サイトでみたが,そんなかんじ?

 

ホテルなどの定型受付業務には使えそうかな(もっとも,現状は人を雇った方がはるかに安価な訳わけですが)

 

外見はかなりリアルに近づいているが,中身(人間並みのAI)はまだまだむずかしいだろう。

 

外見も,動画をあら探しで見てみると,髪の毛の動きが不自然かな。

 

しかし,この最先端技術を使って,17歳JKをつくってしまうあたり,日本らしい。いや,褒めてますよ。(笑)

 

以下,記事の中で気になる文章を拾ってみた。

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伝統的に日本のゲームは、技術よりもゲームデザインを重視してきました。簡単に言えば、非常にクオリティーの高いお化け屋敷を作って遊べるようにする感じです。キャラクターは高度なことをしなくてもいい。作り手と遊び手がゲーム特有の「作法」みたいなものを共有しているので、キャラクターが多少不自然なことをしても、「ゲームだから」と受け入れてくれるんです。例えば、キャラクターが真正面から攻撃してきても、許してもらえるというところがあります。

 

海外のゲームは逆に、ゲームデザインは不器用だけれど、技術は早くから高度なものが使われていました。世界を丸ごとゲームに取り込んで再現する発想なんです。AIをゲームに取り入れたのもその流れ。欧米では日本のようなゲームの作法は理解してもらえない。敵が毎回前からやってくるなどという、現実にはあり得ないようなことは受け入れられないんです。

 

このように、文化によってAIに対する温度は異なります。そもそも「知能」の捉え方からして、国や宗教によって異なりますから。


日本では、何にでも命が宿っているという感覚が一般的だと思います。「初音ミク」にも、「たまごっち」にも、命や知能があると認める人は少なくないですよね。他方、欧米では宗教的な価値観が強く、「神>人間>機械」という序列が厳然として存在します。本来知能がないものに、知能が宿っていると認めることのハードルは非常に高い。

 

僕から見ると、AIの技術はまだまだ。CGのほうがかなり先を行っていると感じます。人間の脳って神経細胞ニューロン)が1000億個超あるといわれるけれど、今、ディープラーニングでシミュレーションできているのは、たかだか数千程度のレベル。僕がやっているゲーム用AIはさらにその下で、レベルがあまりに違います。

 

Sayaは瞳の力が強いですね。人間って、自分を見てくれる、理解してくれる、覚えてくれる相手に愛着を持つものです。